ライカーのあたたかく、気さくな音楽づくりによって、演奏者にも、聴き手にも、コンサートは「楽しく」なります。楽しいだけでなく、あくまでも水準は高いものです。
ライカーは、音楽に大きく感情移入し、聴く人の心と魂に触れます-長年の音楽ファンにも、初めて聴く人にも。 また、ルネッサンスマンとして、聴く人の層を広げ、プログラム用の曲目を増やし、オーケストラを育てます。
より多くの人に音楽を
ライカーは、ミニコンサートプログラム(日本ではシンフォニアinスクール)を通じて、クラシック音楽に親しみを持つ地盤を作っています。コンサートプログラム用曲目を増やすために、オーケストレーション、編曲を行っています。芸術への理解と、奏者一人一人の個性を認識することによってオーケストラを育てています。
ミニコンサートプログラムは、これまでに3つの大陸で聴く人を魅了してきました。2002年にシカゴで行ったレクチャー「指揮のスタイル」では、ライカーの知的な音楽へのアプローチが窺えます。それを音にして表現するのが東京シンフォニアです。
ライカーは、東京シンフォニアとインドナショナルフィルハーモニーの音楽監督を務めています。
これまでに、東京はもちろん、名古屋、上海、シンガポール、ボンベイ、カルカッタ、サンクトペテルブルク、キエフ、ヴィルニウス、ブカレスト、プラハ、イェナ、ヘルシンキ、モントリオール、ウィンザー、ボストン、ワシントン、ボルティモア、クリーヴランド、ピッツバーグ、ジャクソンビル、セントルイス、リマほかの都市で指揮活動を行ってきました。
長年、音楽の世界三大都市である東京を拠点としています。
パイオニアとして、改革者として、これまでに3大陸でそれぞれ、インドナショナルフルハーモニー、カナダノースベイシンフォニー、東京シンフォニアの3つのオーケストラを創設しました。
もっと多くの人に聴いてもらうために、とても効果的なミニコンサートプログラム(日本ではシンフォニアinスクール)を開発し、世界的に知られています。
編曲、オーケストレーション、作曲は250曲以上にものぼり、コンサートプログラム用曲目を増やし、聴き手を増員しています。
シカゴのミッドウェスト
オーケストラ
コンファレンスで、指揮のスタイルについてレクチャーをしました。ジャパンタイムズの上席音楽評論家として10年間務め、洞察力のある評論は国際的に評価を得ました。また、多くの人の前で話すことに非常に長けています。
バッハ、バーバー、ベートーヴェン、ブリテン、ドヴォルザーク、ガーシュイン、グリーグ、ラロ、メンデルスゾーン、モーツァルト、リード、シューベルト、ショスタコーヴィチなどの録音は、バランスの良さ、繊細なペース、深い表現力で高く評価されています。
モントリオールの音楽評論家ロバート マルコウ:
「ブラボー! … これぞ真の楽曲の解釈、確実なリズムのコントロール、緩急の正確さ、スムーズな流れと勢い、ほとんど古典的なアプローチ。新鮮。素晴しいオーケストラ。」
クリーヴランド プレインリーダー誌評論家 ドナルド ローゼンバーグ:
「この第九の、みなぎる緊張感、快適な速さ、一体性。ブラボー!」
その後、モントリオール交響楽団の首席チューバ奏者として2,000回あまりのコンサートを演奏。その当時、同響を指揮したのは、アバド、アンチェレル、バウド、ベーム、デッカー、デーヴィス、ドホナーニ、フィードラー、フルネ、フリュンベック、ジュリーニ、グーセンス、ヤンソンス、コンドラシン、クリプス、マーティノン、メータ、ミュンシュ、オイストラフ、小澤、プレートル、ルドルフ、サージェント、シッパース、シュラー、ショスタコーヴィチ、スクロヴァチェフスキー、スワロフスキーなどの名匠たちでした。
なかでも、同響音楽監督を務めたズビン メータと共に過した年月は、指揮者として、音楽家としてのライカーの後年の自己形成に大きな影響をもたらしました。
1974年ボルティモア交響楽団指揮コンクール、1975年全国シンフォニー指揮コンクール第1位優勝。クリーヴランドオーケストラ、セントルイス交響楽団の上級指揮プログラムに選ばれました。レナード スラトキンの薦めにより、ニューヨークの音楽事務所に所属しています。
音楽への貢献を認められ、テンプル騎士団のナイトとなり、カナダ文化庁、文化振興会、国務大臣より助成金を受領しました。

